藏立裕太

Delta HQのビジネス方向性

はじめに:現場観察から得た課題認識

Delta HQ創業の出発点は、ニセコでの住み込みリサーチにより宿泊施設の現場オペレーションを観察したことです。

当初はOTA(宿泊予約サイト)事業を検討していましたが、現場で確認した運用実態(紙台帳、Excel手作業、分断されたシステム間の手動連携)から、優先すべき課題は「予約〜運営の基盤(PMS周辺)の断片化」にあると判断し、方針を転換しました。

宿泊業界はシステム断片化とレガシーシステムの構造的な問題が大きく、改善余地がある領域であり、ここを変える必要がある。これがDelta HQの出発点です。

宿泊業界が抱える「負のスパイラル」

日本の宿泊業界は今、深刻な構造的課題に直面しています。

厚生労働省「令和5年雇用動向調査」によると、宿泊業・飲食サービス業の離職率(一般+パートの計)は26.6%で、全産業平均(15.4%)を大きく上回ります。 また、厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」では、大学卒の就職後3年以内離職率が宿泊業・飲食サービス業で55.4%(産業別で最も高い水準)とされています。

一方で、需要は爆発的に伸びています。

  • JNTO(日本政府観光局)の発表によれば、2025年の訪日外国人数は約4,268万人(前年比15.8%増)で過去最高を更新
  • 観光庁の発表によれば、2025年の訪日外国人旅行消費額(推計・1次速報)は約9.5兆円

しかもその消費構造は、買い物中心から「宿泊・飲食・体験」へと明確にシフトしています。

つまり、需要は増え続けているのに、供給側(人材・オペレーション)が追いついていない。これが業界の現実です。

そして、この問題の根本にあるのがシステムの断片化です。PMS(宿泊管理システム)、サイトコントローラー、予約エンジン、会計ソフト――これらが別々のベンダーによって提供され、データもオペレーションも分断されています。その結果、スタッフはシステム間の「橋渡し作業」に追われ、本来向き合うべきお客様との時間が奪われていく。

システム断片化 → 手作業の増加 → 従業員の疲弊 → 離職 → 人手不足 → サービス品質の低下 → 顧客体験の悪化 これが、宿泊業界に根を張る「負のスパイラル」です。

Delta HQが目指す世界観

私たちDelta HQが掲げるビジョンは、こうです。

「誰もが、心地よく、移動できる世界へ」 「人がしなくていい作業をすべてシステムが自動化し、人がホスピタリティにのみ集中できる世界」

テクノロジーは、人間らしさを奪うためではなく、取り戻すためにあります。

バックオフィスの自動化、予約管理の一元化、データに基づく意思決定――これらはすべて、スタッフが目の前のお客様に向き合う時間を創出するための手段です。宿泊ビジネスの本質は「ホスピタリティ」であり、顧客体験そのものが提供価値。だからこそ、裏方のシステムがしっかりしていなければ、表舞台は輝けません。

旅人も、働く人も、オーナーも――全員が幸せで豊かな人生を送れること。それがホテルシステムの命題だと、私たちは考えています。

3層のロードマップ:段階的に「施設運営OS」を進化させる

Delta HQは、単なるSaaSツールではありません。宿泊施設の**「基幹システム」**として、3つのレイヤーで段階的に事業を拡張していきます。

Layer 1:オペレーション・オールインワンSaaS

最初のレイヤーは、宿泊施設のオペレーションをデジタライズしてセントラル化することです。PMS、チャネルマネジメント、予約エンジン、会計連携――これらを一つのプラットフォームに統合し、システム間の分断をなくします。

宿泊業界は、他産業と比べてもデジタル化の遅れが指摘されてきました。まずはこの土台を整えることが、すべての出発点になります。

Layer 2:エコシステム構築

2つ目のレイヤーは、ホテルを起点とした地域ビジネスの活性化です。宿泊施設は地域経済のハブになり得ます。周辺のアクティビティ、飲食店、交通機関――これらをつなぐエコシステムを構築することで、観光で地方経済を活性化し、訪れる人も住む人も幸せになる好循環を生み出します。

Layer 3:AI Agent化

3つ目のレイヤーは、AIによる人手不足の解消です。問い合わせ対応、レポート作成、料金最適化など、「人がしなくていい作業」をAI Agentが代替します。

ここで大切なのは、AIの役割を明確にすることです。「作る」はAI、「決める」と「責任を取る」は人間。上流(Why / What)と下流(品質保証)に人間の価値が集中していく時代に、問いを立てる力だけは守らなければなりません。失ったら、AIに使われる側になってしまいます。

OEM

宿泊業界のPMS市場は、参入障壁と移行ハードルが極めて高い領域です。24時間365日稼働が求められる安定性、施設ごとに異なる複雑なオペレーション、そして一度導入すると簡単には切り替えられないスイッチングコスト。だからこそ、既存プレイヤーは攻めた開発ができず、業界全体の新陳代謝が悪いのです。

Delta HQは、この構造を逆手に取ります。参入障壁が高い領域で確固たるポジションを築き、ネットワークエフェクトを生み出し、集めたデータを使って上のレイヤーへ伸ばしていく。

そしてもう一つの重要な戦略がOEMモデルです。ホテルチェーンごとに最適化された「自前のソフトウェア」を提供することで、各施設が独自の色・サービスで競争力を高められるようにします。星野リゾートが既存PMSの限界(カスタマイズ不可・開発コスト高・オンプレ型)から自社PMS開発に踏み切ったように、大手ホテルチェーンほど「自社に最適化されたシステム」を求めています。Delta HQは、その需要に応えるプロダクトです。

設計思想:クラウドネイティブ・APIファースト・モジュール化

Delta HQの技術的な設計思想は、3つの柱で成り立っています。

  • クラウドネイティブ:オンプレミス型の既存PMSとは異なり、クラウド上で動作するため、初期投資を抑えつつ、常に最新の機能を利用できます。
  • APIファースト:外部システムとの連携を前提とした設計により、OTAや会計ソフト、IoTデバイスなど、あらゆるサービスとシームレスに接続できます。
  • モジュール化:機能をモジュール単位で提供することで、施設の規模やニーズに応じて柔軟にカスタマイズが可能です。小規模な民泊から大手チェーンまで、あらゆる宿泊施設に対応できる拡張性を持っています。

おわりに:効率化の先にあるもの

宿泊業の提供価値はホスピタリティにあります。一方で、現状は分断されたシステムと手作業が現場時間を消耗させ、サービス品質や収益性の改善余地を圧縮しています。

Delta HQは、運営基盤を統合・自動化することで、現場が顧客対応に集中できる状態を作ります。これは体験価値の向上と、労務・採用・教育コストの抑制、データに基づく意思決定の実装(レベニュー最適化等)を同時に成立させるための前提条件です。


参考文献・参照元