藏立裕太

創業経緯

2022年12月にDelta HQを創業しましたが、実は当初、別の事業を構想していました。

私はもともと旅行が好きで、学生時代からバックパックで各地を巡ってきました。その経験から、日本の観光産業には世界的にも群を抜くポテンシャルがあると感じています。観光大国に求められる要素――文化・気候・食事・自然・治安・インフラ――を挙げると、日本はいずれも非常に高い水準にあります。特に日本では文化観光が注目されがちですが、私は今後「自然観光」こそが観光産業の軸になるべきだと考えています。日本ほど四季が豊かで、インフラが整い、安心安全に豊かな自然へアクセスできる国は他にありません。そうした旅は海外旅行者にとって大きな魅力になり、地方経済の活性化にもつながると信じています。文化観光も素晴らしい一方で、どうしても局地集中になりやすく、オーバーツーリズムが課題になります。私が理想とする観光産業は、海外旅行者が地方を訪れ、豊かな観光資源に触れながら地域経済を活性化し、雇用も生み出す――そうした好循環をつくることです。

そこで2022年にDelta HQを創業するにあたり、地方観光を活性化させる最大の課題は「地方で海外旅行者が快適に滞在できる宿泊施設の不足」だと捉えました。どれだけ豊かな観光資源があっても、滞在の受け皿がなければ訪問が難しく、結果として日帰り旅行になってしまいます。海外から訪れる旅行者、特に大きな金額を消費する富裕層を迎えるには、快適な宿泊施設が不可欠です。家族で過ごせる広い部屋、コネクティングルーム、快適な水回り――こうした条件を満たす施設が必要になります。しかし、駅前のビジネスホテルや民宿では、富裕層が求める体験を提供するのは難しいのが実情です。こうした状況にもどかしさを感じ、最初の事業構想として、地方の豊かな自然の中で快適に滞在できる宿泊施設だけをキュレーションした宿泊予約サイト(OTA)を考えました。宿泊施設を起点に地方観光を盛り上げたいという思いから、2022年春頃に開発を始めました。

コロナ禍に開発を開始し、OTAが形になってきた段階で、ニセコや白馬、沖縄など自然豊かな地域の魅力的な宿泊施設にお声がけし、数十施設の掲載をいただくことができました。そうして開発を進めていた矢先、2022年10月に入国規制が緩和され、事実上インバウンド観光が再開しました。そこで私は、完成したサイトを持ってニセコへ行き、ユーザーインタビューを行うことにしました。掲載いただいたニセコの宿泊施設にお願いし、2022年12月から約1か月間住み込みでシャトルバスのドライバーとして働かせていただきながら、現地の海外旅行者にサイトを見せてヒアリングを行いました。

しかし、ヒアリング開始からわずか3日で、自分が考えた宿泊予約サイトは旅行者にとって価値がないと分かりました。私が見ていたのは日本の観光産業側の課題であり、旅行者からすると、AirbnbやBooking.comで予約すれば十分で、特に困っていなかったのです。いま振り返ると当たり前のことですが、当時の自分は盲目的だったと反省しています。この時点でOTAの開発はやめる決断をしました。

そこで原点に立ち返り、「本当の課題は何か」を改めて考え直しました。住み込み先の宿泊施設で業務をする中で、ホテルの基幹システム(PMS)に目が向きました。フィンテックやECで触れてきたシステムとは異なり、非常に古く、オペレーションがまったく効率的ではありませんでした。システムが十分に機能していないため、旅行者にも迷惑がかかってしまいます。実際、私自身も送迎すべきお客様との待ち合わせ場所の情報連携にミスがあり、ニセコの吹雪の中でお客様を1時間待たせてしまったことがありました。ピークシーズンのニセコでは宿泊料金も安くなく、お客様も一定のサービス水準を期待しています。それにもかかわらず、システムが非効率なせいで旅行者の満足度が下がり、スタッフも疲弊し、誰も幸せにならない状況が生まれていると気づきました。その結果、本来は値上げできるはずの宿泊施設でもクレームを恐れて値上げ幅を抑えたり、スタッフの離職が発生したりと、さまざまな問題が連鎖的に起きていることも見えてきました。

さらに宿泊施設のオペレーションは非常に煩雑で、予約からチェックアウトまでの長い期間に、多岐にわたる作業が発生します。加えてニセコでは、各宿泊施設に物件を所有するオーナー・投資家が存在し、チェックアウト後には毎月オーナー向けの収益報告書を作成して提出する義務もあります。

現状、宿泊業界のシステムは古いものが多く、しかも断片的です。PMS、チャネルマネジャー、予約エンジン、OTA、オーナーリレーション、プレチェックインなど、非常に多くのシステムが「一つの予約」を処理するために存在しています。そのため、ある作業はシステムA、次の作業はシステムB、さらに次はExcel、最後は紙で集計――といった具合に、極めて不便でミスが起こりやすく、業界発展の足かせになっていると分かりました。システムの範囲は広く、施設ごとにオペレーションも異なるため、難易度の高い複雑な開発になることは目に見えていました。それでも調べれば調べるほど、この領域で起きているイノベーションは少なく、業界慣習や高い参入障壁もある中で、「自分がやらなければ変わらない」と思い、開発を決意しました。

参入障壁の一つは、システムが多岐にわたるゆえにエンジニアリング工数が膨大になることでした。そこでフィンテック時代のつながりをたどり、インドネシアでの開発を決めました。たまたまコロナ明けのタイミングでもあり、東南アジアのテック企業でも大量レイオフが起きていたことから、採用は非常にスムーズに進み、すばらしく優秀なチームを組成できました。そこから半年かけてMVPを開発し、営業を開始しました。導入ハードルが非常に高い基幹システムにもかかわらず、早い段階で導入が決まり、市場が求めているものだと実感できました。断片化したシステムの一つひとつでもスタートアップが成立しているほどの領域で、オールインワンのインフラを作りにいくのは決して容易ではありません。それでも、日々50名ほどの開発チームとともに、クライアントと向き合いながら前に進めています。

私が目指すのは、観光産業のポテンシャルを解き放ち、より多くの人の人生を豊かにし、より良い社会づくりに貢献することです。多くの人が旅を楽しみ、そこに住む人も訪れる人も、お互いに幸せな関係を築ける――そんな観光産業を、システムの力で支えていきたいと考えています。